さよならの向こう側 3
2016 / 05 / 28 ( Sat ) 覚悟はしていた。
自分からあんなことをした以上二度と会うつもりはなかったけれど、同じ世界に生きている限り、いつかはどこかで顔を合わせることもあるかもしれないって。 それはここ、・・・メープルで働くことが決まってからは尚のこと常に意識の中にあった。 そしていつかその時が来るのならば。 たとえどんな罵倒をされようとも、殴られようとも、全てを甘んじて受け入れると決めていた。 それがあいつを裏切ったことへの当然の報いだと思っていたから。 ・・・それなのに。 「・・・さんっ・・・牧野さんっ!!」 「はっ、はいっ?! あぁっ!!」 ぼんやりとしていた意識を突き破った大きな声に我に返ると、それと同時に手にしていたおにぎりがボトッと虚しく机の上へと落ちてしまった。 「あらら~、さっきから落ちそうになってたから声掛けたんだけど・・・結局落ちちゃったね。ごめんね? 黙ってた方がよかったかも」 「いえいえ、きっとどっちにしても変わらなかったと思いますから。ありがとうございます」 お礼を言うとすぐに拾い上げたおにぎりの欠片を口に放り込んだ。 声をかけてくれた女性はその姿に笑っている。 「なんか最近ぼーっとしてることが多いけど・・・大丈夫? 具合でも悪いんじゃない?」 「いえ、元気ですよ? 残業が続いてるからちょっと疲れが溜まってるだけだと思います」 「あ~、確かに今めちゃくちゃ忙しいもんねぇ・・・」 ホテルの繁盛期というのは年に数回訪れるものだけれど、今はこれまで経験したどれよりも比較にならないほどの多忙っぷりだった。 「里穂先輩~、最近の忙しさの原因の1つに超VIPが絡んでるってのは本当ですかぁ~?」 隣の机で同じく昼食をとっていた同僚が身を乗り出してきた。 その目はキランキランに輝いて興味津々といった様子だ。 「超VIPって?」 「またまたぁ~、ご存知ですよね? 近々あの道明寺さんがここで婚約披露パーティを開くって」 出された名前にドクンッと胸がざわつき始める。 「あなた・・・どこでそんな話を?」 「え~? どこでっていうか、皆口々に言ってますよ? だって最近やたらとここに来てるじゃないですか。何をしてるかまでは知りようがありませんけど、支配人なんかとも密に会ってるみたいですし・・・。今年に入って帰国したって話は聞いてましたけど、ここにきての急な動きにこれは絶対何かある! って皆が思ってますよ」 そこまで話が広がっているとは思っていなかったのか、女性ははぁ~っと溜め息をついた。 「ねっ、やっぱりそうなんですよね? よくここに連れて来てるあの女性と結婚するってことですよねっ??」 「はぁ~、あのねぇ、私達にはお客様のプライバシーを守るという大事な責務があるの。いくら従業員とはいえ勝手に情報を開示することはできないの。噂話に話を咲かせるのは勝手だけど、その辺りをきちんと心得ておきなさい。ここは世界に誇るメープルホテルなんですからね」 「はぁ~~い」 ペロッと舌を出しつつ、聞いたことへの否定がなかったことに満足したのか、女性はやけに嬉しそうだ。つまりは肯定されたも同然なのだと。 「それにしてもほんっといい男ですよねぇ~。今まで写真やテレビの中でしか見たことがなかったですけど、実物があそこまでカッコイイだなんて・・・ちょっとずるいと思いませんかぁ?」 「そうねぇ、その点に関しては同感だわ」 「あははっ、ねぇ牧野さんはもう見た? あの道明寺司様!」 「えっ?!」 突然話題を振られて動揺する。 「このところ頻繁にここに足を運んでるから目撃したって従業員も多いでしょ? 牧野さんはもう見た?」 「あ、あたしは・・・いえ・・・」 「あれっ、まだ見てないの? それは残念! もうね~、その辺の芸能人なんて目じゃないくらいカッコイイわよ! オーラが半端ないっていうの?」 「そ、そうですか・・・」 「しかもいっつも超絶美人な女性つき。あの人って確か婚約者じゃないかって雑誌に載ってた人だよね」 「・・・・・・」 あたしは今、一体どんな顔をしているんだろう。 「あくまで噂だと思ってたけど、実際ああやって何度もここに連れて来てるのを見ると本当だったんだ~って。悔しいけど超お似合いよね~。まさに美男美女!眼福だわぁ~」 ガタンッ!! 「・・・牧野さん? 急にどうしたの?」 「あ・・・あたし・・・し、仕事がまだ溜まってるんです。だからちょっと早めに行かないと・・・。すみません、お先に失礼します!」 「えっ、あっ、ちょっと? 牧野さんっ?!」 引き止める声も無視して必死に走った。 ガタガタガタ、バタンッ!! 「はぁっはぁっはぁっはぁっ・・・!」 ドクンドクンドクンドクン・・・! 凄まじい音をたてて閉まったリネン室の扉に負けないほどの鼓動が響き渡る。 本当に自分の心臓なのだろうかと言いたくなるほどにそれは激しく脈打っていて、このまま壊れて止まってしまうのではないかと思えるほど。 「・・・・・・・・・・・・っ、ふぅ~~っ・・・」 ギュッと胸の辺りを鷲掴みにすると、呼吸を整えるように大きくゆっくりと深呼吸を繰り返した。 「・・・はぁっ・・・」 ようやく落ち着いたかと思えば、今度はまるで空気が抜けていくかのようにズルズルとその場に座り込んでしまう。こんな自分の不甲斐なさに情けないと同時に腹が立ってくる。 しっかりしろ、つくし! あんたにはそんな権利なんて微塵もないんだから。 「・・・・・・よし、仕事に戻ろ」 一度目を閉じてグッと歯を食いしばると、いつものように余計な雑念を振り払って立ち上がった。 *** 「・・・よぉ」 「あ・・・」 とぼとぼとワゴンを押していると、とある部屋から1人の男性が出てきた。 そしてこちらに気付くなりサラッと声をかけてくる。 「クッ」 「・・・?」 何も言えずに視線を下に彷徨わせていると、上から笑いを押し殺すような声が聞こえてきた。 驚いて顔を上げればやはりその男は笑っている。 「お前、相変わらず働いてばっかなんだな」 「・・・え?」 「ま、お前にはそういうのが一番似合ってっけどな」 「・・・・・・」 その言葉の意味をどう捉えればいいのかわからない。 ・・・けれど、目の前の男が浮かべているのは笑顔というよりは嘲笑。 それだけははっきりとわかった。 「司さん? ・・・あら? あなたはこの前の・・・」 「あ・・・」 一呼吸置いて出てきた女性を見て息が止まりそうになる。 彼らが出てきたのは 『 支配人室 』。 さっきの会話が一瞬にして頭の中を埋め尽くしていく。 「この前は私服だからわからなかったけれど、ここの従業員だったんですね」 「は、はい・・・」 「ここは本当に素敵なホテルよね。私まで誇らしくなってしまうくらいに。・・・って、やだ、私ったら何を言ってるのかしら」 ほんのり頬を染めて微笑む女性の顔が歪んで見える。 ・・・嫌だ。 こんな醜い感情、永遠に葬り去ってしまいたい。 「司さん、そろそろ参りましょうか。あまり時間がないのではなくて?」 「あぁ。じゃあな」 「・・・・・・」 こちらの返事を待つことなく身を翻すと、いつかと同じように2人並んで遠ざかっていく。 そんな後ろ姿を見るのはこれで何度目になるのだろうか。 あの再会から今日まで、幾度となく繰り返されたこの光景。 ___ 覚悟していた。 いつかあいつに再会することがあるならば、どんなに激しい言葉を投げつけられようとも、ボロボロに殴られようとも、それを甘んじて受け入れるのだと。 それなのに・・・ 現実はもっと残酷だった。 まるであのことはなかったかのように。 まるで最初からあたしたちの関係は存在しなかったかのように。 そう、あいつは怒ることすらしなかったのだ。 ・・・あたしはそんな価値すらない存在だと言われたも同然だった。 酷く怒鳴りつけてくれたなら。 思いっきり殴りつけてくれたなら。 いっそのことそうしてくれたらどんなによかっただろう。 終わらせたのは自分なのに。 こうなることを望んでその手を離したくせに。 何事もなかったかのように普通にされてしまうことがこんなにも苦しいだなんて。 そんな資格なんてどこにもないとわかっているのに。 それでもそんな浅ましいことを考えてしまう自分が、酷く滑稽で惨めでたまらなかった ___
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by: * 2016/05/28 00:26 * [ 編集 ] | page top
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このコメントは管理人のみ閲覧できます --k※※hi様--
強烈ないけずが続きますねぇ~。皆様の心中いかばかりか・・・(書いてんの誰やねん) つくしは今でも司のことが好きで好きでどうしようもないんでしょうね。 ほんとに不器用な女です。 ちったぁ自分に貪欲になればいいんでしょうけどねぇ。我慢する方向が違うっていうか。 でも同じような状況に自分が置かれたら、果たして周囲の事なんて気にせずにほんとに突っ走れるかと言えば・・・自信がないですねぇ。ある意味でつくしは一番リアルで人間くさい奴なのかもしれません。 そして相変わらずいけずな司クン。 ブリザード吹き荒れるこのみやともワールド、どこへ着地しようとしているのでしょうか?! 今夜も夜更かし4・6・4・9!(笑) --LU※※(坊ちゃん溺愛)様<拍手コメントお礼>--
うんうん、切ないですよね~。胸が張り裂けそうですよね~(ノД`) でも死んだらアカン!頼まれても殺しまへん! あきまへんったらあきまへん! そんなことしたらあたいがお縄になっちまうでないですか!(`Д´) --アーテ※※チョーク様<拍手コメントお礼>--
ふふふ、なんでなんで?とモヤモヤが溜まってますね。 いつになく冷たい司は一体何を思うのか。 是非2人の行く末をお見逃しなく! --サ※様--
ご心配をおかけしました~! お声かけに力をいただいてこうして戻って来ることができました。 マイペースではありますがこれからもよろしくお願いします(o^^o) --ち※※ち様<拍手コメントお礼>--
切なくて泣けてきてしまいますよね・・・ つくしはどうしていつもこういう辛い道を選択するのか・・・ 何も言えずにただ司の後ろ姿を見つめるしか出来ない彼女が切ないです。 --t※※o様--
ご心配おかけしてしまいましたm(__)m 咳はほんとにしんどいですよね・・・。今現在はあばらが痛くて痛くて(ノД`)咳もまだ若干出るので、このまま徐々にぶり返していく・・・なんてことになってくれるなと戦々恐々としてます。 そして久しぶりの更新なのに切ない系の話ですみません(^_^;)ぶわーーっと頭に浮かび上がってきたのがこれだったのでどうしても書きたくて。すれ違っていく2人。その先にあるのは・・・? 是非最後まで見守ってやってください。 --か※様<拍手コメントお礼>--
皆さんヤキモキされていることと思います。 久しぶりに胸がギューッと苦しくなる話を書いてる気がします。 無事にラストまで書けるように見守っていてくださいね! --さと※※ん様--
みやとも専売特許の「ドクンドクン」 一体何がそんなにドクドク言っちゃってるんでしょうかねぇ・・・ え、イっちゃうって?! ← ドキドキ描写、上手ですかね?自分では全くわからないんですが・・・ でも皆さんに登場人物になった感覚でドキドキハラハラしてもらえているのならこの上なく嬉しい褒め言葉です。きっと皆さんブルーな週末を過ごされているかと・・・すんまそん( ̄∇ ̄;) ますます塩濃いめの司クン。塩に味噌を足すと不健康極まりないですが・・・ カンチョーすれば少しは軌道修正ができるんでしょうか。(昨日から何の話やねん) --管理人のみ閲覧できます--
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自分でも久しぶりに切なさマックスの話を書いたな~と思います。 なんだかんだでこういう胸がしめつけられるお話って好きなんですよね。 何の反応も示されないって一番キツイですよね。ほんと、いっそのこと怒鳴ってぶん殴られた方がふんぎりがつくっていうか。お前なんてどーでもいいって言われてるのと同じですから・・・今のつくしちゃんにとっては何よりもしんどいですよね。 えっ、私が救うって?ははは、それはどーかなぁ~( ̄∇ ̄) --翔様--
わはは、現実ではどっちかと言えばMっ気が強い気がするんですけどね。 だからこその無意識の解放?!( ̄∇ ̄) つくし、頑張れ。 --管理人のみ閲覧できます--
このコメントは管理人のみ閲覧できます --ふ※※ろば様--
ご無沙汰してます~!サイト開設後最大の危機からなんとか戻って参りました(笑) やる気が起きない中でぶわーっと浮かび上がってきたこちらのお話。 久しぶりのくせに切なさマックスの展開に、皆さんの落ち込み具合がひしひしと伝わってきて(笑)反響が大きいことは嬉しいことなので書き甲斐があります。 ラストまであと少し。2人の行く末を見守ってやってください。 |
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