さよならの向こう側 side司 1
2016 / 06 / 05 ( Sun ) ぐったりと泥のように眠る女の柔肌を指でなぞってその感触を確かめる。
これは夢ではない。 正真正銘今目の前にある現実なのだと。 「ん・・・」 眠っていてもくすぐったさを感じるのか、手から逃げるように身を捩った女の中心部からとろりと征服の証が流れ落ちていった。その何とも甘美な光景に、えも言われぬ感情が頭から指先まで全身を駆け巡っていく。 「 3度目はねぇからな。 ・・・もう絶対に逃がさねぇ 」 舐めるように耳元で囁くと、細い体を引き寄せ再びこの腕の中に閉じ込める。 失っていた半身がようやく自分の元へと帰ってきたのだと何度も何度もその甘い香りを吸い込みながら、心地よい気だるさに身を任せるように瞳を閉じた。 本当のことを言えば、それは想定内のことだった。 『 ごめん、道明寺。もう別れて 』 仕事に忙殺されながらやっとのこと連絡をすると、開口一番あいつはそう言った。 何の前触れもなく告げられたその言葉に愕然とする。 「・・・は? お前何言ってんだ?」 『 何って・・・別れてって言ったの 』 「はぁ? いきなりんなこと言われてはいそうですかなんて言う奴がいるかよ。つーか何かあったところで俺がお前を手放すつもりなんかあるわけねーだろうが!」 『 道明寺がどう思おうが関係ない。あたしはもう決めたんだから 』 「お前・・・ざけんなっ!!」 鼓膜が破れんばかりの声で怒鳴り散らす。 おそらく電話越しにあいつの体が激しく揺れたに違いない。 だがこれが怒らずにいられるかってんだ。 『 ふざけてなんかいない。・・・もう会わない。会いたくもない。一生恨んでもらっても構わない。・・・さよなら 』 「おい、牧野? 牧野っ、ざけんなっ! 俺はぜってぇにんなこと・・・!」 ブツッ! ツーッツーッツーッ・・・ 「・・・・・・!」 最後まで言い切ることすらできないまま一方的に電話は切られた。 すぐさまリダイヤルするが、それを見越していたかのように既に繋がらなくなっていた。 「くそっ! ざけんじゃねぇぞっ!!」 ガタガタッ、ガシャーーーーーーンッ!!! 近くにあったキャビネットを蹴り上げると凄まじい勢いで後ろに吹っ飛んでいく。 だがその様子を見届けることなくこの体はある場所を目指していた。 あいつに最後にまともな連絡ができたのはもう10日以上前のことだっただろうか。 それほどに俺の今の日常は目まぐるしく過ぎていた。 その時も僅かな時間を作り出してほとんど向こうの夜中に近い時間に電話をした俺に、あいつは恨み言1つ言わず、それどころか俺の体を心配する始末。 何もかも投げ捨てて日本に帰って抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。 結局何でもないたわいもない話をしただけなのに、疲れ切っていた俺の体からは驚くほどの力が溢れてきた。 NYに来てもうすぐ1年。こういうことは初めてじゃなかったし、あいつもそれに文句を言うでもなくむしろ俺に張り合うかのように勉強にバイトにと精を出しているようだった。 働く必要なんかねぇっつってんのに。 それでも、あいつがそうしたくなる気持ちだってわかる。 俺は待たせている立場であいつは待つ立場。 同じ時間が流れているのだとしても、どっちがしんどいかと言えば確実に後者だろう。 だったら自分の出来ることに時間を忘れるくらい必死になっている方がいい。余計なことを少しも考えている余裕すらないほどに。 どうやったって我慢させるしかない。 これは俺自身が決めたことなんだから。 ならば今さら罪悪感を感じてたって何の意味もねぇ。 俺がやるべきことは、4年という約束をきちっと果たすことだけ。 ____ そしてあいつを迎えに行く。 ただそれだけだった。 それなのに ___ バンッ!!! 「・・・・・・何事です? ノックもなしに入って来るなど、不躾にもほどがあるのではなくて?」 「そっくりそのままてめぇに返してやるよ」 扉が破れんばかりの轟音をたてても、目の前の女は体1つ揺らさずにこちらを見上げた。 それが余計に怒りに油を注ぐ。 「牧野に何しやがった?」 「・・・いきなり入ってきたと思えば何を言っているのかしら」 「とぼけて余計な時間をかけんじゃねーぞ。俺が気付かねぇとでも思ってんのか? 牧野に何をした。早く言えっ!!!」 ビリッと空気が揺れるほどの怒号を撒き散らすと、やれやれと呆れたように息を吐き出しながら楓が眼鏡をデスクに置いた。 「私は常にこの財閥の未来を考えている。そのために必要なことをしているだけに過ぎません」 「それで? 牧野に身を引けっつったわけか?」 「・・・・・・」 肯定も否定もしない。それが全てを物語っている。 やはり己の直感は間違ってはいなかった。 牧野にあんなことを言わせたのは他でもないこの女なのだと。 「てめぇはよっぽど俺が幸せになるのが気にくわねーみてぇだな」 「・・・あなたは一個人である前にこの道明寺財閥の人間なのです。時に個人の感情より優先すべきことがある。それを覚悟の上でここへ来たのではなくて?」 「あぁそうだな。俺は俺なりに覚悟をもってここに来た。でなきゃあいつに待ってろなんて言えねーからな。でも勘違いすんなよ。だからって俺は俺自身の幸せを犠牲にする気はサラサラねぇんだよ!」 「感情だけで突っ走れるほど甘い世界ではありません」 「知るかよ。てめぇができなかったからって俺まで同じだと思うんじゃねーぞ。俺は俺のやり方で未来を掴んでやるぜ。この会社も、・・・そして牧野もな」 「・・・フッ。今にそれがただの戯れ言に過ぎないと思い知るときが来るでしょう」 ガンッ!! カラカラカラ・・・カシャンッ! 長い足で思いっきり目の前のデスクを叩きつけると、重厚感のあるマホガニーはビクともせずにのせられていた万年筆だけが転がっていった。 「さっきも言ったよな? そっくりそのままてめぇに返してやるって。俺はてめぇの操り人形になるつもりはサラサラねぇし、何があろうとあいつを手放す気もねぇ。どんな妨害をしたところで無駄だってことを思い知らせてやるよ」 「その強気もいつまで続くことかしら。状況はあなたが思っているよりも厳しくてよ。大きな犠牲を避けるために小さな犠牲には目を瞑る。上に立つ者として必要なことです」 「小さな犠牲ね・・・フン、だからてめぇはわかっちゃいねーんだよ。いいか、俺にとって最大の犠牲は他でもねぇ、あいつを失うことだ。俺を人間らしくさせられるのも狂わせられるのもこの世にただ1人。あいつは全ての原動力なんだよ。お前は俺がどんな覚悟をもってここに来たのかを少しもわかっちゃいねぇ。ま、わかる気もねーんだろうけどな」 「・・・・・・」 心底軽蔑の眼差しを向けて身を翻す。 「いいか。これ以上牧野に手出しして見ろ。その時にはてめぇの骸がハドソン川に浮かぶと思っておけよ」 バンッ!! 相変わらず能面のような面構えの女の顔をそれ以上見ることなく部屋を後にすると、司は再び一点を目指して猛然と歩き出した。 *** 「牧野の動向から目を離すな」 「・・・と言いますと?」 さすがはあの女に長年仕えただけはある。 ノックもなしに入って来たかと思えば何の前触れもなく怒鳴りつけるようにそう言った上司を前に、西田は狼狽えることもなく冷静に対応した。 「お前は何か知ってんじゃねーのかよ?」 「・・・いえ、何も存じ上げません」 「後で嘘だとわかればブッ殺されるぞ? 誓えるか?」 「疑われるのは構いませんが私は何も存じ上げておりません。・・・ただどういったことがあったのかの予想はなんとなくつきますが」 「・・・・・・」 じっと西田の様子を探ってもそこに偽りは感じられない。 予想がつくというのもその通りなのだろう。 何故ならこの男もつくしに対して同じような仕打ちをしたことがある張本人なのだから。 「ふん、とにかくあいつのこれからの動向を細かく追え。確実に俺から離れていこうとするはずだからな。それから俺が探りを入れてるってのを悟られないように立ち回れ」 「・・・司様はどうされるおつもりで?」 「本当なら全てを捨ててでもあいつの元に行きてぇに決まってる。けどそれじゃああいつは絶対に俺を受け入れねぇ。俺は何があってもあいつを手放す気はねぇからな。だったらあいつが俺の元に戻ってくるための道筋をつくるだけだ」 「・・・かしこまりました。ではすぐに日本に手配をいたします。確認しますが牧野様の動向を監視しつつも接触はしない、そういうことですね?」 「あぁ。・・・ 『今はまだ』 、な」 即座に返ってきた答えに頷くと、西田はすぐにデスクに置かれた電話に手を伸ばした。 その様子を横目に見ながら司は自分の執務室へと戻っていく。 部屋に入るなりすぐさま胸ポケットからスマホを取り出してリダイヤルする。 ・・・が。 『 お客様のおかけになった・・・ 』 当たり前だと言わんばかりに無機質な機械音が流れると、盛大な舌打ちと共に足元に叩きつけた。 「 くっそ! 今さら誰が逃がしてやるかよ。 覚悟してやがれ・・・! 」 ギラギラと燃えるような瞳でそう口にすると、司はグッと血が滲んでくるほどに強く拳を握りしめて再びデスクへと戻っていった。
いよいよ司編のスタートです。やけに物わかりのいい坊ちゃんですが・・・?まだまだゴールは先だぞ!頑張れ~!(笑)
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by: * 2016/06/05 00:30 * [ 編集 ] | page top
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