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さよならの向こう側 side司 2
2016 / 06 / 07 ( Tue )
「牧野か? こんな時間にわりーな。プレゼントが届いてたからどうしても今日中に礼を言いたくてな」
『 あ~・・・なんか、ごめんね? 』
「あ? ごめんって、なにがだよ」
『 その、ほら、あんたにはどんなものをあげていいかわかんなくてさ。多分欲しいものは何でも手に入るんだろうし、でもこれといって物欲もないみたいだし・・・。だから今あんたが一番頑張ってることに使えるものにしたんだけど・・・どうかな、使えそう? すごい安物だから道明寺が着てるスーツには合わないかもしれな・・・ 』
「お前は大概わかっちゃねーな」
『 えっ? 』
「俺が物欲がねーだと? アホか。俺はこの世界の誰よりも貪欲に決まってんだろ。欲しいものを手に入れるためならどんな手段も選ばない。お前が一番わかってんじゃねーのか? 牧野」
『 そ、それは・・・ 』

ククッと笑い声が響く。

「俺が唯一欲しいと望むのは牧野つくし、お前だろ。そのお前が俺のためだけに選んだものを俺が気に入らねぇとでも思ってんのか?」
『 ・・・・・・ 』 
「俺にとって重要なのは “何か” じゃねぇ、 “誰か” なんだよ」
『 道明寺・・・ありがと 』
「クッ、だからもらったのは俺なんだから礼を言うのは俺だろうが。お前もわかんねー奴だな」
『 あ、そっか 』
「バーーカ。・・・でもサンキューな。これから毎日使うぜ」
『 いやっ?! 使ってもらえるのはすごーく嬉しいよ? でもさすがに毎日は・・・ 』
「俺がいいっつってんだからいいんだよ。それともあれか、同じもんを使うのに抵抗があるっつーならこれからは節目節目に送れよ」
『 え? 』
「そうすりゃ4年の間にいくつか溜まんだろ」
『 道明寺・・・。 うん、そうだね 』
「4年後にはこの最初のやつを付けて帰っからな」
『 あはは、うん、わかった。ちゃんと大事に使ってるか見てあげる 』
「上から目線かよ」
『 そうだよ、悪い? 』
「くっ、俺にんなこと言って許されんのはお前だけだよ」





『 あははっ! ・・・道明寺、お誕生日おめでとう 』





カツン・・・

デスクに手を置いた拍子に音をたてた小さな物体を指でなぞる。
いつもは特注のそれがあるはずの場所には、決して高級とは言えない、送った本人も言っていた高質なスーツには幾分不相応なカフスボタンがあった。

だがそもそもこれまでカフスなんてものを一度でも見たことがあっただろうか。
意識したこともなければ、どんなものを使っていたのかも全く記憶にない。
そこに神経を集中させるのは、間違いなくこれが生まれて初めてのことだろう。

「牧野・・・」

あの会話からもうすぐ2ヶ月。
まさかこんな未来が待っているだなんて俺もあいつも予想だにしていなかった。
あの日から毎日のようにリダイヤルを繰り返す携帯は当然繋がらない。自分が与えたもの故にアナウンスが 『この携帯電話は現在使用されておりません』 に変わることもない。
だがあいつはきっと既にあの携帯を手放している。そう思えた。
それでもかけ続けるのは、自分への決意表明のためでもあった。

___ 絶対にあいつを逃がしはしないと。

何の憂いもなかったあの日からしばらくして、世界経済における三本の矢とも例えられていた道明寺ホールディングスにとっての好敵手が突然の倒産を発表した。ここ数年業績が悪化しているというのは当然周知の事実だったし、衰退させないためにもあの手この手で首の皮を繋いでいたのも知っている。

だが年明けからの世界的な株価の低下に、軒並み業績が悪化していく企業が続出。
その筆頭だったその会社は瞬く間に転落の一途を辿ってしまった。
いくら近年業績が悪化していたとはいえ、それでも三本の矢と称されるほどのトップ企業だ。その影響たるや海を越え国境を越え、世界の末端までも広がっていくこことなる。それは当然日本にとっても他人事ではなく、煽りをうける形で次々と破綻していく企業が増え続けていった。

僅か2ヶ月足らずの間に世界経済で起こった大きな混乱は、ここ道明寺ホールディングスにおいても決して看過できないものとなっていた。先行き不安から株価は大きく下落し、瞬く間に赤字へと転落していく。それに引き摺られるように下請けが倒産し、ますます本丸の雲行きも怪しくなる。
その負の連鎖はとどまることを知らなかった。

連日のように人々を不安に陥れるニュースが駆け巡る。
相次ぐ倒産、リストラ、それらに絶望した人々による急激な自殺の増加。
そして残る2本の矢までもが共倒れとなってしまった場合、予想もつかないほどの世界大恐慌に陥ってしまうだろうとどのマスコミも声を震わせていた。


そんな中での突然の別れ話は、ある意味では予想通りでもあった。


もちろんそんなことは認めねぇし、あんな選択をしたあいつを許せねぇとも思う。
だがそれこそが牧野つくしだということも嫌と言うほどわかっていた。
強攻策を選んだところであいつが真の意味で幸せになることは不可能だ。
あいつが笑ってなけりゃあ俺も幸せになれねぇ。

どこまでいってもクソ真面目で不器用で、肝心なところで逃げる卑怯な女。
だが、俺はそれも全てひっくるめてあの女に惚れ込んでる。だったらぜってーに逃げられないように包囲網を仕掛けるしかねぇ。

たとえそれが何年かかろうとも。


「司様、牧野様が大学への進学を辞退したとの連絡が来ました」

執務室に入ってきた西田の報告は完全に想定通りのものだった。
経済状況が厳しいとあいつは大学進学を諦めていたが、そこを俺が半ば強制的に英徳へ進学させる手配を整えていた。当然の如くあいつはやめるように言い張ったが、本音では進学したがってるのは誰の目にも明らかだった。

『 いずれうちに入る覚悟があるならできるだけ多くの知識と教養を身につけろ。それともあれか、自信がねぇから逃げんのか? 』

だから半分挑発するようにそう言ってやった。

『 や、やってやるわよ! 逃げるわけないでしょっ?! 』

単純明快な牧野は案の定それに乗っかってきた。
知識? 教養? バカバカしい。んなもん誰がいるかっつーんだよ。
あいつに求めることはありのままの牧野つくしでいることだけ。進学しようが就職しようが本音ではどっちだって構わねぇ。
全てはただ俺の監視下に置いておきたいだけという独占欲に過ぎない。

「あいつが辞退しねぇわけがねーからな。・・・で? それであいつはどこに消えたんだよ」

まだ何も言われちゃいないが、辞退と同時に東京から出て行ったであろうことは確信していた。

「どうやら島根に行かれたようです」
「島根?」
「はい。なんでも母親の祖母が昔住んでいらしゃったとかで」
「・・・んっとに、あいつの行動は呆れるくらいにワンパターンだよな」

いざというときに田舎に逃げるのはなんなんだ?
そんな場所こそ外部の人間が浮きがちで、かえってこっちから見つけやすいだなんてあいつは夢にも思っちゃいねぇんだろう。

「真っ先に仕事を探すはずだ。徹底的にマークしておけよ」
「かしこまりました。では司様、そろそろお時間です」
「・・・・・・」
「これは仕事ですから。どうかそれはそれ、これはこれで・・・」
「うるせーな。てめぇに言われなくてもわかってんだよ」
「・・・これは失礼致しました。では参りましょう」

軽く頭を下げた西田の背中を見送りながら、煩わしさだけが滲んだ溜め息をついた。

「クソかったりぃ・・・」

この後に待っているのはとある企業の重役との会食だ。
だがそれはあくまでも建前に過ぎず、その場が本来何のために設定されたものであるかは考えるまでもなかった。

「あのババァの息の根を止めてやりてぇぜ・・・」

俺が全く譲る気はないように、あの女は女で微塵も引くつもりはないらしい。
それもまた想定通りではあったが、不快であることに寸分の違いもない。
苛立ちでデスクを叩きつけようと握り拳をつくったその瞬間、あのカフスがキラリと光に反射した。


『 ダメ。あんたがやるべきことはそうじゃないでしょう? 』


そんな幻聴が聞こえたような気がしたっつったらお前は確実に笑うよな?


「くっ・・・受けて立ってやろうじゃねーかよ」


誰に聞かせるでもなくそう口にすると、勢いよく立ち上がって執務室を後にした。




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