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さよならの向こう側 side司 3
2016 / 06 / 08 ( Wed )
約束の場所に行って最初に漏れたのは失笑。
表情を変えずに口の中だけで笑うことにはもうすっかり慣れたものだ。
だがこれが笑わずにいられるものか。
業務提携に向けた前向きな顔合わせとして設けられたはずの席に、何故か振り袖姿の若い女がいるのだから。

先に座っていた向こうのオヤジも、そしてババァも。
どちらも何食わぬ顔で機嫌よさげに談笑している。
そっちがその気ならこっちはいかにして効果的にこの場をブチ壊してやろうか。
部屋に入った瞬間から考えるのはそのことだけとなった。

「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、君も随分と忙しいと聞いてるよ。まぁ座ってくれたまえ」
「恐れ入ります」

ビジネストークもこの1年ですっかり板についた。
たとえ頭の中で真逆のことを考えていても、それをおくびにも出さずにスマートに会話をこなす。この世界での処世術の1つだ。
だがこの後に自分がとるべき行動は決まっている。あとはそのタイミングを見極めるだけ。
余計なことで手を煩わせないためにも、今はできるだけこちら側に有利に事を運びたい。
向かいに座る女の視線を感じながら、そして隣でそんな俺の腹の内を知ってか知らずか気色のわりぃ笑顔を浮かべて話すババァの声を聞き流しながら考える。

SHINOZAKIは日本生まれだが、造船を中心とした製造業で世界のトップに躍り出た企業だ。
だが近年続く金属類の高騰、そして質よりも安さを求める最近の傾向から、ニーズは東南アジアの同業社に風向きが変わりつつあった。
だがそれはどの世界にも共通して言えること。デフレが進めば高いものは売れない。どんなに品質に優れていても、それが売れなければ企業は成り立たない。SHINOZAKIの技術は世界一だということは疑いようのない事実だったが、時代の波には逆らえないのもまた現実だった。

不況となれば合併や業務提携の話が出てくるのはビジネスの常。
だが母体が大きければ大きいほど、それにはリスクも伴う。船頭が複数いてはかえって舵取りが難しくなるからだ。
とはいえ今はそのリスクを恐れていては八方塞がりになってしまうほど状況は厳しい。我が道明寺ホールディングスとて、自社の企業努力だけではこの底に沈んだ経済界を引き上げるのは不可能に近い。

そこで白羽の矢が立ったのがこのSHINOZAKIだ。
彼らは独自の技術に誇りを持っている。その腕1つで世界に上り詰めただけの揺らぎないプライドは、三流国への技術の流出だけは許すことはできなかった。
ならばと提携先に選んだのが同じ日本生まれの大企業である道明寺ホールディングスというわけだ。互いに異業種ではあるが、だからこそ互いにないものをハード面、ソフト面いずれの観点からも補うことが出来る。全く新しい試みになるが、この状況を打開するための1つの足がかりになるかもしれないというのは確かなことだった。

だからあくまでビジネスとしての交渉には前向きだ。

___ 当然条件を満たせば、の話だが。


「 お父様 」


延々と続くオヤジとババァの会話を遮った声。
気が付けばここに入って来てから既に20分以上が経過していた。よくもまぁ人がいることもお構いなしにこれだけ喋り続けられるもんだと呆れかえる。

「どうした、舞」
「お父様がお話を続けているせいで司さんがずっとお待ちになられているわ。お忙しい中こうして来てくださってるんだから」
「あぁ、これは失礼しました。どうも昔から話し出すと止まらないタチでしてねぇ」
「・・・いえ。お気になさらずに」

ガハハっと恰幅のいい体を豪快に揺らす男を腹の中で嘲笑う。
何故ならこの後の茶番劇が目に浮かぶからだ。

「そうだ。我々はもう少し積もる話もあるし、お前達はお前達でゆっくり話でもしたらどうだ」
「えっ?」

ほらみろ。
オヤジもオヤジだが、寝耳に水とばかりに驚きを見せる女もまた白々しい。そもそもこんな場所に振り袖で来ている時点で目的を知らないなんてことがあり得るはずがねぇ。
所詮この親にしてこの娘ありってところか。

「楓さん、どうですかね?」
「もちろん構いませんわ。若い者は若い者同士、話も合うでしょうから」
「ということで司君、少し舞とゆっくり話でもしてくれたまえ。これから私達は長い付き合いになるんだから、世代の近い者同士親睦を深めようじゃないか。なんならそのまま2人で戻って来なくても構わないがね」
「お父様・・・!」

さも今思いついたかのように提案する親父も、恥ずかしそうに顔を染める女の顔も醜く歪んで見える。いっそのことこの時点でブチ壊すか?
だがそれではビジネスは成立しない。
あいつを1日でも早く迎えに行くためには、利用できるものを利用しない手はない。
ならば一番間違いのないタイミングは ____

「わかりました。ではお言葉に甘えて。舞さん・・・と言いましたか。少し外でお話でも?」
「えっ? あ・・・わかり、ました」
「わっははは! 若いということはいいことですなぁ!」

期待以上に話がスムーズに進んでいることにご満悦なのか、オヤジの顔は緩みっぱなしだ。
すぐにでも胸倉を掴んでぶっ飛ばしてやりたくなるのを深く息を吐き出してグッと堪える。
目的を果たすためには耐えることも求められる。

「え、と・・・それじゃあ・・・ちょっと行って参ります」
「そのまま戻って来なくとも構わんからな!」
「お父様! そのような失礼なことは言わないでください!」
「わはは! 司君と会う機会はそうそうないんだ。時間は有効に使えよ」
「もう・・・! 父が大変失礼致しました」
「・・・いえ。では参りましょうか」

作り笑顔を貼り付けてさっさと部屋を後にする。
振り袖は動きづらいのか、女が出てくるまでには時間がかかったが、あの忌々しいババァ共が見えなくなったのを確認すると同時にそんなことも一切関係なくズカズカと足を進めていく。
そうして進むことしばらく、ホテルに造られた大きな庭園へと辿りついた。
先に足を踏み出すと、既に空にはとっぷりと月が浮かんでいた。

この空の先であいつは今何を思っているのか ____
きっと俺を裏切ったことへの罪悪感で日々押し潰されそうになっているんだろう。
・・・本当にどうしようもねぇバカな女。


「 司さん・・・! 」


ようやく追いついた女の息は少し上がっていた。

「最初に言っておく。俺には決めた女がいるしお前とどうこうなるつもりは微塵もねぇ」
「えっ?!」

やっとのこと追いついたかと思えば振り向きざま開口一番そう切り捨てた俺に、女は口を開いたまま唖然と固まっている。そりゃそうだろう。意気揚々と胸を膨らませて来てみれば、その淡い期待ごと一瞬にしてぶっ壊されたのだから。

「司さん・・・?」
「だが今回の業務提携に関しては前向きに検討すべき事案だと思っている。お前のこととは別でビジネスはビジネスで話を進めていくつもりだが、この茶番を成立させなけりゃ話が進まないってんなら全てをなしにする。俺にはその覚悟はできてる」
「・・・!」
「お前がどういうつもりでここに来たかなんて関係ねぇ。俺には自分の選んだただ1人の女しか必要ねぇんだからな。他の女が入り込む余地は1ミリだってねぇんだよ」

女が喋る暇も与えないほどにはっきりと切り捨てる。
良識のある人間ならビジネスとは切り離して考えるのが当然だが、初対面にもかかわらず振り袖を着てくるような女には期待もできないだろう。最悪提携の話自体が流れるだろうが、だからといって俺は身売りする気はサラサラねぇ。
そうでなきゃ生き残れねぇようならどっちにしても潰れるのは時間の問題だ。

未だ目を見開いたまま棒立ちする女に背を向けると、俺は遠い空の下で後悔の念に苛まれているであろうバカな女を想った。


「・・・・・・・・・ふふっ」


・・・?
空耳だろうか。女が笑ったような気がして顔だけ振り向く。
と、やはり女は笑っていた。
あまりにもはっきり言われて笑うしかなくなったか?
俺のそんな訝しむような視線に気付くと、女はコホンと軽く咳払いをしてこちらに向き直った。

「気が合いますね」
「・・・あ?」
「私達、もの凄く気が合って相性バツグンだと思います」
「・・・・・・」

やっぱこの女真性のバカだったか。
ババァがあの手この手で阻止を謀ってめんどくせーことになるに違いはねぇが、これで今回の話はナシで決まりだ。

俺がそんなことを考えた時だった。




「 私もあなたと一緒になる気などサラサラないんです 」




うって変わって目を丸くした俺を前に、女はニッコリとご満悦そうに笑って見せた。




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