さよならの向こう側 side司 4
2016 / 06 / 09 ( Thu ) 今度は唖然とするのは俺の番だった。
「でも正直に言えばほんの少しだけ迷いがあったのも事実です。私もSHINOZAKIの人間として、自分がどうすべきなのか考えなかったわけじゃないですから」 「・・・」 「でもそのほんの僅かな迷いを吹き飛ばしてくれたのは他でもない司さん、あなたです」 「・・・どういうことだよ」 未だ警戒心を解かない俺を前に、女はどこか苦笑い気味だ。 「ごめんなさい。こんな格好で来ればその気満々だって思われるのも当然ですよね。でもこれも私なりのカモフラージュの1つだったんです」 「カモフラージュ?」 「はい。ご覧の通り、父は提携はもちろん、私達がいずれ結婚することにかなり乗り気ですから。でも私にそのつもりは全くなかった。けれど、あなたを含め、そちら側が提携するにあたってそれが条件だと言われれば・・・。ですがそうならないために自分にできる最大限の努力はするつもりでした。とりあえず表面上は父を安心させるために指示された通り振り袖で来たんです。後はチャンスを窺ってあなたときちんとお話ができたらと考えていました」 「・・・・・・」 「そんな時にあなたの方から願ってもないことを言われたものですから。ある意味で相思相愛だなと思ったんです」 思い出したのか、フフッとおかしそうに笑う。 この女の顔をきちんと見るのは今が初めてだが、こうして見ると幾分年上だろうか。 「司さんには将来を誓ったお相手がいらっしゃるんですね?」 「あぁ」 「そうですか・・・。私も同じです。一生を添い遂げるならこの人しかいない。そう思える男性がいます」 「・・・」 「でも私は私である前にSHINOZAKIの人間でもある。あなたならその葛藤をわかってくださいますよね?」 「社会人なのか?」 「えぇ。うちに入社しています。もちろんコネでも何でもなく、本人の努力以外のなにものでもありません」 「お前のオヤジは?」 「学生時代からお付き合いをしていることは知っていますが・・・遊びなら許すが本気はダメだと。然るべきときに然るべき男と結婚しろ、幼い頃からそう言われて育ちました。然るべきって一体何なんでしょうね? そこに私の意思などどこにもないというのに・・・」 「・・・・・・」 悔しそうに唇を噛みしめる姿に自分が重なって見える。 どこの世界にも同じように歯がゆい思いをしている人間はいるのだと。 男女逆転しているこの女の方がその苦労はより大きいのかもしれない。 「私の気持ちは一生変わらない自信がある。けれど自分の幸せを求めて本当にいいんだろうか、今私がすべきことはSHINOZAKIの人間として多くの社員の生活を守ることが第一なんじゃないかと。その迷いが消せないまま今日この場に来たんです」 「その男は?」 「・・・私が信じた道を行けと。全てを捨てて僕のところに来るのなら喜んでその手を取るし、ほんの少しでも迷いがあるのならSHINOZAKIのために生きて欲しいと。でなければ私は一生後悔するだろうって。その代わり僕もSHINOZAKIの一社員として骨を埋める覚悟だと。・・・たとえ一緒になれなくとも」 「・・・・・・」 滲んできた涙をキュッと指で拭うと、女は微笑みながらこっちを見上げた。 「司さんの大切な方は? どのような女性なんですか?」 「あいつは・・・」 途端に色んな表情のあいつが脳裏に浮かび上がってくる。 怒った顔、笑った顔、泣いた顔。 ・・・必死に痛みを堪えて精一杯強がる顔。 「・・・・・・バカな女」 「えっ?」 「信じられねーくらいにビンボーで、色気もクソもねぇし。鈍感で、不器用で、ありえねーくらいのお人好し。とにもかくにもバカな女だな」 「・・・・・・」 よもやそんな答えが返ってくるとは思いもしなかったのだろう。 女はポカンと呆気にとられている。 「・・・けど俺にとっちゃ世界一いい女だ」 「えっ?」 「こいつのためなら何でもできるし何でもしてやりてぇ。たとえ腐った世界だろうがそこに骨を埋めて一生あいつを守ってやる、この俺にそう思わせるくらいのな」 「司さん・・・」 ほんと、我ながら特徴だけ並べたらあんな女のどこがいいんだと思えて笑えてくる。 それでも、あいつの価値は陳腐な言葉なんかじゃ語れない。 理屈じゃない。 俺の魂がそう訴えているのだから。 「・・・本当に愛されてるんですね、その方は」 「ほんとにな。この俺様にここまで愛される有難みをもっと噛みしめろって感じだけどな。あの女、いつだって肝心なところで逃げやがる」 「えっ・・・?」 その言葉の意味をどう捉えるべきか考えあぐねているのだろう。 「自分の痛みには強くても人の痛みには耐えられない。そういう女なんだよ、あいつは。だから今回の事を受けて自ら身を引いたつもりでいやがる」 「そんな・・・」 「ま、当然俺はんなこと認めちゃいねーけどな。どっちにしろあいつを納得させるにはこっちを立て直さない限りは無理な話だ。あいつには別れたと見せかけて俺の監視下で泳がせてるってわけだ」 「・・・!」 目を丸くして唖然とすると、ついには堪えきれなくなったのか女がプッと吹き出した。 「あははははっ! 司さん、策士ですね」 「こうでもしなきゃあの女、フラフラフラフラどこに行きやがるかわかったもんじゃねーからな。ったくほんと、俺にここまでさせられる女なんざ地球の裏側探したっていねーよ」 「ふふふっ」 マジでめんどくせー女。 それでも仕方ねぇ。 どんなにめんどくさかろうと、俺が欲しいと思えるのはあいつしかいねーんだから。 「・・・あなたでよかった」 「あ?」 「この窮地に、人生の岐路に立たされていた時に出会えたのが・・・あなたでよかった」 「・・・・・・」 真面目な顔に戻ると、女はあらためて姿勢を正してこちらに向き直ってゆっくりと右手を差し出した。そして意味がわからず眉間に皺を寄せる俺に向かってニコッと微笑むと、その笑顔とは対照的に力強い口調で話し始めた。 「私達は言わば同志です」 「同志?」 「そうです。同じ志を持つ者。そんな私達がこの苦しい状況下で巡り会えた。もしここで会っていたのがあなたでなければ・・・私の未来はまた違った道へと繋がっていたかもしれません。ですが私達はこうして出会ったのです」 「・・・」 「私はこの巡り合わせに感謝します。これから志を貫くべく、最強の同志として共に頑張っていきましょう」 「・・・・・・」 いつもの俺なら鼻で笑ってあしらっていただろう。 だがこの女の言っていることは間違っちゃいない。 状況に応じてこの場をぶっ壊すつもりでいた俺にとって、今ここにいるのが全てを理解し、しかも自分と同じ明確なゴールを目指している女であることは、全く意味のないことだとは思えなかった。 1日でも、1分でも1秒でも早くあいつの元へ。 そう思う俺にとって、これ以上利害が一致する相手などいないだろう。 「巡り合わせ・・・か」 「はい。きっとこれもまた運命ですよ」 「くっ。随分と安っぽいセリフだな。・・・だが嫌いじゃねーぜ」 ニッと不敵に笑って見せると、負けじと女も笑い返した。 どうやらまだまだ俺にはツキがあるらしい。 ____ 牧野、せいぜい落ち込みながら待ってやがれよ あいつに届くように強くそう心の中で叫ぶと、目の前に出されたままの手をグッと掴んだ。
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by: * 2016/06/09 00:09 * [ 編集 ] | page top
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