さよならの向こう側 side司 5
2016 / 07 / 22 ( Fri ) 「7年ぶり…か」
噛みしめるようにその言葉を口にすると、司は思いっきり息を吸い込んだ。 ____ 7年ぶりとなる日本の空気を。 「これからどうなさるおつもりで?」 「決まってんだろ。牧野の親のところへ行け」 「本社へは?」 「んなもん後回しだ。まずやるべきことは決まってる」 「…かしこまりました。では車をそちらに回します」 運転手へと指示を出す西田を横目に見ながら、司は窓の外の景色へと視線を送る。 この空の下、手を伸ばせば届く距離につくしがいると思うだけで全てを放り出して今すぐに会いに行きたい衝動に駆られる。 だが今はまだその時ではない。 今はまだ。 この6年もの間、血の滲むような努力を続けてきたのは確実にあいつの手を掴むため。 ここまで来て最後の最後に焦って全てを無駄にするだなんて冗談じゃねぇ。 カサッ… 胸ポケットに忍ばせてあった一枚の紙切れを取り出す。 左右とも半分だけが既に記入済みで、もう半分は真っさらな状態。 司はその紙を無言でじっと見つめた。 ______ 『宣言通り最盛期まで…いや、それ以上に業績を戻してやったぜ。いくらてめぇでもこれ以上文句のつけようはねぇだろ?』 「……」 『ま、てめぇがすんなり認めるとは思ってもねーけどな。とりあえず有無を言わさずここに名前を書いてもらうぜ』 バンッ!!とマホガニーに叩きつけられたのは真新しい婚姻届。 それはつくしと一旦の別離を決意し、そして未来を掴む為に舞と同盟を組んだ直後に日本から取り寄せたものだ。この6年もの間、常に司の手元に置かれていた。 楓は無言でそれを一瞥すると、再び視線を目の前の息子へと戻した。 『言っただろ? 俺にとって最大の損失はあいつを失うことだって。この手に取り戻すという明確な目的があったからこそこの会社は復活を遂げた。もし万が一にもてめぇがそこに名前を書くことを拒否するってんなら、あっという間にまた転落の一途を辿っていくことになるぜ?』 「…今のあなたにはそんなことはできないでしょうね」 『いいや? てめぇは相変わらずわかっちゃいねーな。今の俺だからこそ何の躊躇いもなくやれんだよ。この7年、そしてあいつが俺との別れを決めてからの6年、俺はその言葉通り死ぬ気でやってきた。誰一人に付けいる隙を与えないほどにな。私利私欲を捨てて、本来の自分を消して、ただひたすらに、がむしゃらに。そこまでやって、そして結果を残した。それでも俺のたった一つの願いすら叶わないってんならもう俺にこの世への未練はねぇよ。今度こそ全てを捨ててやる。いとも簡単にな」 「……」 『どうする? 今度こそ全てはお前次第だぜ?』 ニヤリと不敵に微笑んだ息子としばし視線をぶつからせると、楓はスッと先に目を逸らして盛大に溜め息をついた。 「はぁ…。あなたのその執念は一体誰に似たのかしら」 『さぁな。客観的に見ればてめーらどっちもじゃねぇか? 目的のためなら実の子だろうが利用する。一切の慈悲すらねぇ』 「……」 『で? んなくだらねーことなんざどうでもいいんだよ。書くのか書かねぇのかはっきりしろ』 もう一度強く用紙を叩きつけると、長い沈黙の後、楓が無言で引き出しから万年筆を取り出した。司はじっと射るような眼差しでそれを見つめている。 「…条件があります」 『聞かねーな。既にお前は俺に条件を出せるような立場じゃねぇんだよ』 「我が社が全てあなた一人の力で成り立っているとでも? だとすればまだまだ認識の甘い青二才と言わざるを得ませんね」 『んだと…?』 「覚えておきなさい。ピラミッドというものは下があって初めて成り立つ。土台をしっかり安定させるために時に無慈悲になることも躊躇わない。そしてその安定した土台を未来まで守っていく、それが我々に与えられた責務です」 『はっ、お前にだけは言われたくねーって感じだけどな』 「あなたの言う通り、私もやろうと思えばいつでもこの会社を傾けることはできました」 その言葉に司がハッとする。 「無慈悲だと万人に恨まれようとも、私は自分のすべきことを全うしてきただけのこと。あなたが自分の歩んできた道が正しいと声高々に主張するのならば、今だけでなくこの先ずっと我が社を守っていくことを誓いなさい。その覚悟がなければここに名前を書くことはできません」 『……』 「どうしました? ここに来て急に怖じ気づきましたか?」 この女って奴はつくづくどこまでいっても… その血が紛れもなく自分にも流れているのだと思うと笑えてくる。 『誰がだよ? 言っただろ? 俺のただ一つの願いはあいつと共に生きること。そのために必要なことならどんなことだってやってやるよ。どんなに不本意なことだろうが、あいつ以上に俺に必要なものなんて存在しねぇんだからな』 「……そうですか。その言葉に二言なきよう」 静かにそう言うと、楓はスラスラと目の前の用紙に自分の名前を記入し始めた。性格をそのまま表したような達筆な字を連ねていくと、最後に胸ポケットから印鑑を取り出して真っ赤な印をそこに刻み込んだ。 「どうぞ」 『……』 真っさらだった紙に新たに加わった名前。 そこにあるのはおそらくこれから先もそう多く交わることはないであろう、だが紛うことなき真の親子の名前。司はこの7年を振り返るようにじっとそれを見つめると、それを離すまいと弾かれたようにその用紙を取り上げた。 『俺は来週には帰国する。そして予定通り次の公の場であいつを取り戻し、そしてそのままこれを提出する。後継者として避けて通れない雑務には目を瞑るが、それ以外のことに関しては一切の口出しを認めねぇ。それだけは忘れんなよ』 「あなたこそ自分が言ったことを忘れないように」 『ふん、だから誰相手に言ってんだ? 牧野を取り戻した後の俺に怖いものなんてねーんだよ』 「その気の緩みから足元を掬われないようにして欲しいものだわ」 『言ってろ。これ以上てめぇと話してたところで時間の無駄だ。俺は一秒でも早く日本に帰りたくて仕方ねーんだよ。じゃあこれは受け取ってくぜ。天地がひっくり返ろうともなかったことにはできねーからな』 「……」 勝ち誇ったように婚姻届を揺らしながら執務室を出て行く息子の後ろ姿に、楓はやれやれと深く息を吐き出した。 「……本当に、あのねじ曲がったまま真っ直ぐに伸びた神経の図太さは誰に似たのやら」 そんなことを呟きながら。 _______ 「……くっ」 「…? どうなさいましたか?」 「いや。ちょっと思い出してただけだ」 意味のわからない答えに首を捻りつつも、西田はすぐに手元の資料へと視線を戻す。 「……ほんっと、最後の最後まで素直に認めねぇ厄介なババァだぜ」 窓の外を眺めながらそう呟いた口元は微かに笑っていた。 *** ピンポーン… ピンポーン… ピンポンピンポンピンポンピンポーーーーーン ……ダダダダダ……ガチャッ!! 「ちょっと! 近所迷惑でしょう! いい加減にしてください、うちは新聞をとるお金なんかどこにもないってあれだけ____」 憤慨しながら顔を出した男の言葉がそこで途切れた。 白いランニングにステテコという漫画の世界からそのまま出てきたような姿で。 「…………え…?」 鳩が豆鉄砲を食ったような顔が酷く様になっている。 「ご無沙汰しています」 「……………」 聞こえているのかいないのか。呆けたまま鳩からは何の反応も返ってこない。 「ちょっとパパー? 取り合わないですぐに追い返してって言ったで____」 怪訝そうにしながら玄関先までやってきた女性もやはりそこで言葉を失った。 …そして鳩が2羽に増えた。 「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」 鳩には言葉が通じないのか、やはり何のリアクションもない。 苦笑いしつつどうしたものかと軽く咳払いしたその時、 「おい、オヤジ、おふくろ、何やってんだよ? さっさと断ってドア閉め____」 二度あることは三度ある。 鳩2人の遺伝子を確実に引き継いだ顔をした男がその場にやってくると、既に二度見た光景と全く同じ構図でそれ以上の言葉を失ってしまった。 とうとう鳩が3羽になった。 さすがに笑うのを我慢するのも限界だ。 だがまずはその前に。 「皆さん、ご無沙汰しています。私のことを覚えてらっしゃいますか?」 「 ______ 」 「ど……道明寺さんっ?!」 若い青年の口からようやく出てきたその言葉に、司はニッコリと笑顔を作って見せた。
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by: * 2016/07/22 00:24 * [ 編集 ] | page top
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ご無沙汰しております。やっとこさ一話分更新できました(^◇^;) え?安定感がありますか?いやー、そんなこと言われると照れますね。 ほんとにね、樹齢千年の大木すらまっつぁおなくらいドシッとした安定感がバツグンの下半身してるんでね、ちょっとやそっとの強風ではビクともしない……え?そうじゃない?( ̄∇ ̄) チビも恐怖の夏休みに突入したので(笑)ゆるーりにはなりますが、ずっとサイトは続けていきますのでどうぞこれからもお付き合いをお願いします♪ --あ※様<拍手コメントお礼>--
ただいまでございます~! 毎日…とはいかないかと思いますが、今結構やる気になってますのでなるべくたくさん更新できるように頑張ります! --k※※hi様--
おっ、こんな時間にコメントを残すなんて悪い子ですね?!(笑) 休んでいる間何度もコメントをくださり有難うございました。すっかり不義理しちゃってますが、いつもいつもそのお気持ちに力をいただいてました。ちなみにアプリはやってません><私絶滅危惧指定のガラケー族なんです(笑) 今回は司親子とつくし親子がそれぞれにそっくり!!というのを対照的に描いてみたんですが…伝わってますかね?(汗) 礼儀正しい司君。でも彼ってやればできる子ですからね。コミックを読み返してみたんですが、つくしの両親に会ったときにかなーり礼儀正しく対応してるんですよね~。腐っても鯛と言いますか、えいせー教育はダテじゃないようです(笑) --は※様--
お待たせしてしまってすみませ~ん>< この親子のがっつり会話ってなかなかないですよね。多分一生心を許しあった会話はないんだろうなと思いますが(笑)でもそれこそが彼ららしさなのかなと思ってます。 むしろ仲良くしてたら怖くて眠れないかも(笑) --ゆ※様<拍手コメントお礼>--
長らくお待たせしてしまってすみませんでした。 まだまだペースは緩いですが、少しずつ更新していきたいと思ってます! そしてとっても嬉しいお言葉の数々、本当に有難うございます! なるべく原作に近づけるように、そしてイメージを破壊してしまわないように…と心に留めながら書いてますので、そういう風に言っていただけると本当に嬉しいです(*^^*) これからも何度も読み返してもらえるような作品作りができるように頑張ります♪ --ゆき※※う様--
ほんとにお待たせしてしまいました~m(__)m そしてこれからも緩くお待ちくださいませ。 ← ふふふ、鳩3羽に笑ってもらえて世は満足ですじゃ( ̄ー ̄) 前半は司親子らしさを、後半は牧野親子らしさを演出したつもりです。 なるべく早く続きが更新できるように頑張ります♪ --みわ※※ん様--
長いことお待たせしてしまいました>< 何を血迷ったか今年も役員なんぞをやってましてね、あれやこれやと忙しく過ごしておりました。 ふふ、ねじ曲がったまま真っ直ぐに伸びた神経ね(笑)曲がってるのか真っ直ぐなのかどっちやねんって話ですよね( ̄∇ ̄)でも楓さんに言いたい。間違いなくあなたの遺伝子ですよ!!!と(笑) そしてやけに礼儀正しい坊ちゃん。でも彼にとってはこの程度のことは朝飯前なんですよね。なんだかんだで幼少期から身につけさせられた作法などは根付いてますからね。やればできる子です(笑) さぁ、鳩3羽のこの後の運命やいかに?! --a※※o様--
何とか戻って参りました~!UFOの光に導かれながら…(笑) 言われてみればお久しぶりのコメントですね! カビが生えたモノ同士これからも4649!押忍っ!!!(`Д´) --翔様--
なんだかんだでうちの地域はまだ梅雨明けしてないんですよね~。 でも言うほど雨降ってないじゃん、みたいな。今日明日には梅雨明け宣言されそうな予感。 チビゴンもここにきてやっとプールに復活です^^そして恐怖の夏休みへ突入(笑) もうね、放置しすぎてサイトのあちらこちらにキノコ生えまくりですよ。 食用なら摘みがいもありますけどね、主がこんな感じだから多分毒キノコかな( ̄∇ ̄) ちなみに私もたけのこ党です。でも歳のせいか最近きのこも捨てがたい(笑) --ぽ※様<拍手コメントお礼>--
長らくお待たせしてしまいました~。 なるべく短い間隔で完結できるように頑張りますね! --名無し様<拍手コメントお礼>--
根気よくお待ちいただき有難うございます。 なるべく間をあけずに更新できるように頑張りたいと思ってます(o^^o) --管理人のみ閲覧できます--
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