さよならの向こう側 side司 6
2016 / 07 / 23 ( Sat ) シン…と静まりかえった狭苦しい室内に固唾を呑む音だけが響く。
それも次から次に順番を変えていくように規則的に。 3羽の鳩は背筋をピンと伸ばして押しくら饅頭のように身を寄せ合ったまま硬直している。指で突けばたちまち崩れ落ちてしまうのではないかというほどの固まりっぷりだ。 その向かいに美しい佇まいで正座している男 ____ 道明寺司もまたどこか緊張の面持ちを滲ませながらそんな彼らと対峙していた。 数では三対一と圧倒的に不利なはずなのに、この光景を見た者は間違いなくこの男に軍配を上げることだろう。この狭い空間にあまりにも不釣り合いなオーラを放つこの男に。 「…まずは突然の訪問をお詫びします。驚かせてしまい申し訳ありませんでした」 「へっ…? いやいやいやっ?! ちょっ、道明寺さんっ!!」 長い沈黙を破ってようやく空気が流れたかと思えば、突如目の前で深々と頭を下げた司に鳩が揃いもそろってパニックに陥る。その勢いはそのまま畳にひれ伏してしまいそうなほどだ。 「お願いですから顔を上げてくださいっ!」 「……」 晴男の必死の懇願にやっとのことで司が顔を上げると、正面からぶつかった視線にまたしても3人が息を呑んだ。元々雲の上の人間だったとはいえ、7年ぶりに見る彼はさらに手の届かないところへ行ってしまったように思える。学生の頃から年齢以上に大人びて見えた男だったが、それでもつくしといる時の彼は時に子どもっぽくもあった。それが恐縮しながらもどこか親近感を抱けていた理由の1つだった。 だが今目の前にいる男はどうだというのか。どこからどう見ても立派な大人の男であることに寸分の疑いもなく、庶民には想像もつかないほど一回りも二回りも大きく成長したのだろうことが容易に窺える。 それほどまでに今の司からは絶対的な自信が満ち溢れていた。 「あの…それで、道明寺さんはどうしてこんなところに…?」 そう。彼らがもっとも知りたいのはそこ。 夢うつつだった意識からいち早く抜け出して根本的な疑問を投げかけたのは進だ。 司は想定済みの質問だとばかりに頷くと、胸ポケットから一枚の紙を取り出して畳の上に広げて見せた。わけがわからずに視線を注いだ3人の顔がやがて驚愕に染まっていく。 「つくしさんとの結婚のお許しをいただきに参りました」 「………」 鳩豆再び。 だが先程と違うのは、あんぐりと口を開けたままフリーズしてしまった彼らを前にしても司は笑うどころか至極真面目な顔をしているという点だ。真剣な眼差しで見つめたまま、その答えをじっと待っている。 それに引き寄せられるように、やがて晴男も我に返ると姿勢を正した。 「あの…道明寺さん、これは一体どういうことなんでしょうか? 私達には何が何やらさっぱり…。つくしとはとうの昔に何でもなくなったんじゃ…?」 「仰ることは当然だと思います。確かに私達が別離の道を選んだことも事実です。ですがそれはこの日を迎えるために必要なことだった。それだけに過ぎません」 「え…? それは、どういう…」 「7年前、私は4年後に彼女を迎えに来ると約束をしてこの地を離れました。何があろうともその誓いが変わることはなかった。…ですが6年前、恐らく皆さんもご存知の大不況が世界を襲った。それは我が社にとっても無視することのできない荒波でした。当然ながら私の決意はそれでも揺らぐことはなかった。…ただ、つくしさんを納得させられるだけの力があの時の私にはまだなかったんです。私の元から離れていく彼女を止める術が…なかった」 「……」 重苦しい沈黙とは対照的に、司の眼差しは依然として強い。 「だから私は彼女の言い分を受け入れました。一度は離れるという選択を」 「それって…」 「彼女の中では私との関係は終わらせたつもりかもしれませんが、私の中では何も変わってはいません。彼女と共に生きていくために避けては通れない別離だった。それだけのことです」 「……」 「どれだけの時間がかかるかはわかりませんでした。結果的にあれから6年も経ってしまった。それでも、私は自分のただ一つの願いを叶えるために脇目も振らずに死ぬ気で走ってきました。そうしてようやく名実ともに胸を張って彼女を迎えに行けると判断し、こうして皆様の元へとやって来たのです」 「道明寺さん…」 チラリと晴男が目線を送った婚姻届には威風堂々とした達筆な字が既に刻まれている。 その名前を見るだけでも震えてしまいそうなほどのその相手は… 「ご覧の通り既に両親からの了承は得ています。過去に色々あったことは事実ですが、今後私達のことに一切の手出し口出しはさせません」 はっきりと言い切ったその力強さに、どこか脱力したように晴男の体から力が抜けた。 「道明寺さんのお気持ちはよくわかりました。…ですがつくし自身はどう思ってるのでしょうか? こんなことを言うのはなんですが、この6年の間につくしの口からあなた様の名前が出たことはありません。お気持ちは嬉しくありがたいですが、結婚は当人の問題ですから。我々の一存で決めることは…」 「彼女がこの申し出を受け入れないことはありえません」 「…え?」 「彼女は別れたくて別れたのではない。身を引いただけです。そしてそれを引き止められなかったのは私の力不足が原因です。ならば彼女が安心してこの腕の中に戻って来られるだけの環境を整えてやればいい。私に必要なのはそこだけでした。何故なら私も彼女も他の人間では幸せになることなどできないのだから」 「……」 「時間はかかりましたが全ての準備は整いました。本来なら真っ先に彼女の元へ行くべきなのでしょう。ですが頑固で素直じゃない彼女がすんなり頷かないのは嫌と言うほど知ってます。今更彼女を逃がしてやる気なんてサラサラありませんから。後は彼女が頷くだけの状況を先に整えておこうと思いまして」 「 ____ 」 ニヤリと策士の如く微笑んだ司に3人が呆気にとられている。 「断言します。彼女は絶対に私から離れることはできない。これはもう運命で定められたことですから。お互い以外にこの心を、身体を満たせる者はどこを探してもいない」 「道明寺さん…」 寸分も崩れることのない綺麗な姿勢のまま、司は今一度ゆっくりと頭を下げた。 「お願いします。つくしさんとの結婚をお許しください」 まるでスローモーションのような美しい所作に、3人は言葉もなくただただ見入ってしまっていた。天地がひっくり返るほどありえないことが目の前で起こっているというのに、何故か不思議と心は落ち着いていて。 顔を上げた司と正面から視線がぶつかってからようやく晴男が口を開いた。 「……正直いまだに何が起こっているのかわかっていません。明日になれば夢だったんじゃないか、ドッキリだったんじゃないか、そんなオチが待ってるんじゃないかって気がするのも本音です。……でも、それと同時にこれが現実であってほしいと心の底から願っている自分がいるんです」 「これは夢ではありません。一生醒めることのない、一点の曇りもない現実です。必ず幸せにすると誓います。ですから娘さんを私にください」 即座に返ってきた力強い言葉に、晴男の顔がクシャッと歪んだ。 「…っ、ありがとう、ございますっ……どうか、どうか娘を幸せにしてやってください。貧乏で何の取り柄もない我が家ですが、つくしは私達の自慢の娘なんですっ…」 「もちろん承知しています。何と言ってもこの私を惚れさせた女ですから。あいつはただ者じゃありません」 「…へ?」 感極まっていた晴男が何とも気の抜けた声になる。 司はそんな彼らの顔を見渡すと、再びあの自信に満ち溢れた顔でニッと笑った。 「牧野つくしはこの俺に出会うために生まれてきてくれた女です。俺が幸せにせずに誰がするって言うんです? 愚問ですよ、 『 お義父さん 』 」 「……」 鳩豆再々。 ポカーーーンと口を開けたまま完全に呆気にとられてしまった姿にとうとう司が吹き出すと、まるで緊張の糸が切れたように晴男達もどっと笑いに包まれた。 「はははっ、いやこりゃまいったな…ママ、腰が抜けちゃったよ」 「やだ、パパったら…。 …あら? 私も力が入らないわ」 「おいおい、オヤジもおふくろもしっかりしてくれよ」 「だって、こんなことが起きるだなんて誰も想像しないだろう?」 「そりゃそうだけどさ…」 すっかり 「らしさ」 を取り戻した彼らのやりとりを微笑ましく見つめていた司だったが、おもむろに胸元からペンを取り出すとそんな彼らの前にスッと差し出した。すぐに視線が手元に注がれる。 「ではお願いしてもよろしいですか?」 「…! は、はィっ…!」 思いっきり声が裏返ったが、今度は誰も笑ったりなどしなかった。 …否、できなかった。 「ちょっ…オヤジ、手ぇ震えすぎだろって。そんなんで書けるのかよ?!」 「そ、そんなこと言ったって・・・震えるんだからどうしようもないじゃないか!」 ペンを握った晴男の手は生まれたての子鹿よろしくガックンガックン震えている。 「万が一書き損じたときには私の7年間の血と涙の努力が無に帰すことをお忘れなく」 「 !!!!! 」 静かに入ったツッコミに晴男が岩のように固まった。 「……ぷっ、あははははっ! オヤジ、固まりすぎだろって!」 「ちょっとパパぁ、しっかりしなさいよぉ~!!」 だが意外や意外。結果的にはそれが全員の緊張をほぐすこととなり、その後すこぶる時間はかかったものの、晴男の手によって無事に残された証人欄が埋め尽くされた。 残すはただ一つ、妻となるつくしが記入するのを待つばかり ____ 「…ありがとうございます。心から感謝します」 晴男の手から戻って来た婚姻届を愛おしげに見つめると、司は今一度向き直って頭を下げた。既に何度目になるかもわからないその光景に、全員があたふたと恐縮しまくりだ。 「いえっ、お礼を言うべきはこちらの方です! 本当に、一途につくしを想ってくださって…何と感謝をすればいいのか…。つくしは本当に幸せ者です。せかい、いちのっ…!」 そこまで言いかけて感極まってしまった晴男は、堪らず両手で口を覆った。 その目には今にも零れ落ちんばかりの涙がとどまっている。 もちろんその両側に座っている千恵子と進だって同じだ。 「あいつは世界一の女ですから。世界一幸せな花嫁にすると誓います」 「道明寺さんっ…ありがとうございますっ…」 「こうして皆さんにお許しをいただきましたが、今すぐ彼女を迎えに行くことはできません。本音で言えばすぐにでもかっ攫いたいところではありますが。ここに来るまで7年もかかったんです。今更ヘマをするのはごめんですからね。今度メープルで大々的な場を設けて全世界に発信、そしてその足で入籍したいと思ってます」 「…つくしには…」 「それまでは一切話すつもりはありません。どうせやるなら盛大に彼女を迎えに行きたいですから」 「……」 「とはいえ彼女には既にメープルで働いてもらってますから。近いうちに顔を合わせることはあるでしょう。その時に自分が平静を保てるのか正直自信はありませんが…楽しみを最後までとっておくためにも理性を総動員して耐えてみせますよ」 「……その時が来たらねーちゃん卒倒するんじゃねーの…?」 思わず漏れ出た進の声に司がニヤッと笑った。 「かもな。でも一応振られた形になってるのはこっちの方だからな。死ぬ気で頑張ってきた俺がこのくらいの意趣返ししたってバチは当たらねーだろ?」 「 ! 」 いきなり 「本音」 を口にした司に進が目を丸くする。 さっきまでの全く手の届かない場所にいた男は何処へやら。今そこにいるのはイタズラを仕掛けてわくわくしている子どもそのものだ。 「……もしかして道明寺さん楽しんでます?」 「当然だろ? この俺様にここまでさせたんだからな。少しは楽しませてもらわなきゃ割にあわねーっつーんだよ」 「……」 すっかり地を出した司に呆気にとられつつも、それこそが自分が憧れて止まなかった道明寺司なのだと思い至り進はプッと吹き出した。 「ははははっ! さすがは道明寺さんってことですね」 「まーな。お前の姉貴にも少しは俺の苦労をわかってもらわなきゃだからな」 「ねーちゃん泣くかもしれないですよ?」 「それならそれで構わねーよ。その後嫌ってほど幸せの涙に変えてやる」 普通の男が言えば鳥肌が立つようなセリフも、司が言えばこの上なく様になる。 その迷いのなさに思わず進がひゅうっと口を鳴らした。 「あいつだって俺と同じ時間苦しんで、耐えて、そして必死で生きてきた。一人で泣いた夜だって一度や二度じゃないはずだってこともわかってる。だからこそこれからは嬉し涙しか流させねーよ」 「道明寺さん…」 ふざけたかと思えば今度は真剣な眼差しに。 少年から大人へところころと表情を変える彼から目が離せない。 こんな魅力的な人が姉の夫になり、そして自分の兄になるかと思うと…歓喜のあまり心が震えた。 「ま…ママっ!!」 「パ…パパっ!!」 そして喜びに震えているのは進だけではない。 未だにふわふわと夢心地の両親もまた、この言葉にできない感動の渦に包まれていた。既に心を通わせているようにすら見える男同士の絆を前に、その想いは膨れ上がっていくばかりだ。 「や、やったあぁあああああああぁ~~~~~っ!!!」 興奮と歓喜が最高潮となった瞬間、気が付けば晴男の手には年季の入った鍋が握られていた。いつの間にやら歩いて数歩の流し台から持って来ていたらしい。 進があっと思った瞬間にはけたたましい音でそれが叩きつけられ、千恵子もまたいつの間に握りしめていたのか、フライパンとお玉を狂喜乱舞とばかりに振り回して喜びに暮れた。 「ちょっ、おやじ、おふくろ、やめろって!! 近所迷惑で通報されるだろうが!!」 「この爆発した喜びを抑えられるわけがないだろう?!」 「そうよぉ~! 夢の玉の輿よぉ~~!!」 「ちょっ…道明寺さんの前で何言ってんだよ!!」 「あぁっ、幸せっ! 生きててよかった~! 神様仏様、ありがとう~~!!!!」 「道明寺様、ありがとうございます~~~~!!!」 「やめろっつってんだろっ!!!」 それからしばらくの間、顔を真っ青にした進がどんなに止めに入ろうとも、夢のような幸福な現実に震える晴男と千恵子の喜びの舞が止むことはなかった。 やっとこさ収まったのは漏れ出る声を見るに見かねたアンドロイドが部屋に突入した後だったとかなかったとか。
すみませ~ん、全く定時に間に合わなかったので明日に回そうかと迷ったんですが…早いほうが嬉しい人もいる(多分…)かと思って今日にしました。その代わり明日の更新は多分なし…かな?(^_^;)未定ですが。
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さよならの向こう側 side司 5
2016 / 07 / 22 ( Fri ) 「7年ぶり…か」
噛みしめるようにその言葉を口にすると、司は思いっきり息を吸い込んだ。 ____ 7年ぶりとなる日本の空気を。 「これからどうなさるおつもりで?」 「決まってんだろ。牧野の親のところへ行け」 「本社へは?」 「んなもん後回しだ。まずやるべきことは決まってる」 「…かしこまりました。では車をそちらに回します」 運転手へと指示を出す西田を横目に見ながら、司は窓の外の景色へと視線を送る。 この空の下、手を伸ばせば届く距離につくしがいると思うだけで全てを放り出して今すぐに会いに行きたい衝動に駆られる。 だが今はまだその時ではない。 今はまだ。 この6年もの間、血の滲むような努力を続けてきたのは確実にあいつの手を掴むため。 ここまで来て最後の最後に焦って全てを無駄にするだなんて冗談じゃねぇ。 カサッ… 胸ポケットに忍ばせてあった一枚の紙切れを取り出す。 左右とも半分だけが既に記入済みで、もう半分は真っさらな状態。 司はその紙を無言でじっと見つめた。 ______ 『宣言通り最盛期まで…いや、それ以上に業績を戻してやったぜ。いくらてめぇでもこれ以上文句のつけようはねぇだろ?』 「……」 『ま、てめぇがすんなり認めるとは思ってもねーけどな。とりあえず有無を言わさずここに名前を書いてもらうぜ』 バンッ!!とマホガニーに叩きつけられたのは真新しい婚姻届。 それはつくしと一旦の別離を決意し、そして未来を掴む為に舞と同盟を組んだ直後に日本から取り寄せたものだ。この6年もの間、常に司の手元に置かれていた。 楓は無言でそれを一瞥すると、再び視線を目の前の息子へと戻した。 『言っただろ? 俺にとって最大の損失はあいつを失うことだって。この手に取り戻すという明確な目的があったからこそこの会社は復活を遂げた。もし万が一にもてめぇがそこに名前を書くことを拒否するってんなら、あっという間にまた転落の一途を辿っていくことになるぜ?』 「…今のあなたにはそんなことはできないでしょうね」 『いいや? てめぇは相変わらずわかっちゃいねーな。今の俺だからこそ何の躊躇いもなくやれんだよ。この7年、そしてあいつが俺との別れを決めてからの6年、俺はその言葉通り死ぬ気でやってきた。誰一人に付けいる隙を与えないほどにな。私利私欲を捨てて、本来の自分を消して、ただひたすらに、がむしゃらに。そこまでやって、そして結果を残した。それでも俺のたった一つの願いすら叶わないってんならもう俺にこの世への未練はねぇよ。今度こそ全てを捨ててやる。いとも簡単にな」 「……」 『どうする? 今度こそ全てはお前次第だぜ?』 ニヤリと不敵に微笑んだ息子としばし視線をぶつからせると、楓はスッと先に目を逸らして盛大に溜め息をついた。 「はぁ…。あなたのその執念は一体誰に似たのかしら」 『さぁな。客観的に見ればてめーらどっちもじゃねぇか? 目的のためなら実の子だろうが利用する。一切の慈悲すらねぇ』 「……」 『で? んなくだらねーことなんざどうでもいいんだよ。書くのか書かねぇのかはっきりしろ』 もう一度強く用紙を叩きつけると、長い沈黙の後、楓が無言で引き出しから万年筆を取り出した。司はじっと射るような眼差しでそれを見つめている。 「…条件があります」 『聞かねーな。既にお前は俺に条件を出せるような立場じゃねぇんだよ』 「我が社が全てあなた一人の力で成り立っているとでも? だとすればまだまだ認識の甘い青二才と言わざるを得ませんね」 『んだと…?』 「覚えておきなさい。ピラミッドというものは下があって初めて成り立つ。土台をしっかり安定させるために時に無慈悲になることも躊躇わない。そしてその安定した土台を未来まで守っていく、それが我々に与えられた責務です」 『はっ、お前にだけは言われたくねーって感じだけどな』 「あなたの言う通り、私もやろうと思えばいつでもこの会社を傾けることはできました」 その言葉に司がハッとする。 「無慈悲だと万人に恨まれようとも、私は自分のすべきことを全うしてきただけのこと。あなたが自分の歩んできた道が正しいと声高々に主張するのならば、今だけでなくこの先ずっと我が社を守っていくことを誓いなさい。その覚悟がなければここに名前を書くことはできません」 『……』 「どうしました? ここに来て急に怖じ気づきましたか?」 この女って奴はつくづくどこまでいっても… その血が紛れもなく自分にも流れているのだと思うと笑えてくる。 『誰がだよ? 言っただろ? 俺のただ一つの願いはあいつと共に生きること。そのために必要なことならどんなことだってやってやるよ。どんなに不本意なことだろうが、あいつ以上に俺に必要なものなんて存在しねぇんだからな』 「……そうですか。その言葉に二言なきよう」 静かにそう言うと、楓はスラスラと目の前の用紙に自分の名前を記入し始めた。性格をそのまま表したような達筆な字を連ねていくと、最後に胸ポケットから印鑑を取り出して真っ赤な印をそこに刻み込んだ。 「どうぞ」 『……』 真っさらだった紙に新たに加わった名前。 そこにあるのはおそらくこれから先もそう多く交わることはないであろう、だが紛うことなき真の親子の名前。司はこの7年を振り返るようにじっとそれを見つめると、それを離すまいと弾かれたようにその用紙を取り上げた。 『俺は来週には帰国する。そして予定通り次の公の場であいつを取り戻し、そしてそのままこれを提出する。後継者として避けて通れない雑務には目を瞑るが、それ以外のことに関しては一切の口出しを認めねぇ。それだけは忘れんなよ』 「あなたこそ自分が言ったことを忘れないように」 『ふん、だから誰相手に言ってんだ? 牧野を取り戻した後の俺に怖いものなんてねーんだよ』 「その気の緩みから足元を掬われないようにして欲しいものだわ」 『言ってろ。これ以上てめぇと話してたところで時間の無駄だ。俺は一秒でも早く日本に帰りたくて仕方ねーんだよ。じゃあこれは受け取ってくぜ。天地がひっくり返ろうともなかったことにはできねーからな』 「……」 勝ち誇ったように婚姻届を揺らしながら執務室を出て行く息子の後ろ姿に、楓はやれやれと深く息を吐き出した。 「……本当に、あのねじ曲がったまま真っ直ぐに伸びた神経の図太さは誰に似たのやら」 そんなことを呟きながら。 _______ 「……くっ」 「…? どうなさいましたか?」 「いや。ちょっと思い出してただけだ」 意味のわからない答えに首を捻りつつも、西田はすぐに手元の資料へと視線を戻す。 「……ほんっと、最後の最後まで素直に認めねぇ厄介なババァだぜ」 窓の外を眺めながらそう呟いた口元は微かに笑っていた。 *** ピンポーン… ピンポーン… ピンポンピンポンピンポンピンポーーーーーン ……ダダダダダ……ガチャッ!! 「ちょっと! 近所迷惑でしょう! いい加減にしてください、うちは新聞をとるお金なんかどこにもないってあれだけ____」 憤慨しながら顔を出した男の言葉がそこで途切れた。 白いランニングにステテコという漫画の世界からそのまま出てきたような姿で。 「…………え…?」 鳩が豆鉄砲を食ったような顔が酷く様になっている。 「ご無沙汰しています」 「……………」 聞こえているのかいないのか。呆けたまま鳩からは何の反応も返ってこない。 「ちょっとパパー? 取り合わないですぐに追い返してって言ったで____」 怪訝そうにしながら玄関先までやってきた女性もやはりそこで言葉を失った。 …そして鳩が2羽に増えた。 「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」 鳩には言葉が通じないのか、やはり何のリアクションもない。 苦笑いしつつどうしたものかと軽く咳払いしたその時、 「おい、オヤジ、おふくろ、何やってんだよ? さっさと断ってドア閉め____」 二度あることは三度ある。 鳩2人の遺伝子を確実に引き継いだ顔をした男がその場にやってくると、既に二度見た光景と全く同じ構図でそれ以上の言葉を失ってしまった。 とうとう鳩が3羽になった。 さすがに笑うのを我慢するのも限界だ。 だがまずはその前に。 「皆さん、ご無沙汰しています。私のことを覚えてらっしゃいますか?」 「 ______ 」 「ど……道明寺さんっ?!」 若い青年の口からようやく出てきたその言葉に、司はニッコリと笑顔を作って見せた。
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明日更新します
2016 / 07 / 21 ( Thu ) いきなりですがすみませんすみませんすみません。(大事なことなので3回言いました)
気が付けばあれから二週間も経ってました。きみまろもビックリ( ゜Д゜) ちびごんが夏風邪を絶賛こじらせ中でして、治りそうでなかなか治りません。今月何回病院行ったことやら(^_^;) せっかくプールが始まったのにまだ1回しか入れてないという。そして気が付けばもう夏休みは目の前! あー、困ったな。 ← やばいよやばいよ~という意識は常にありまして、どげんかせんといかん!と重すぎる腰と尻を持ち上げてかき始めたはいいものの、今更七夕もへったくれもなくね?! と思いまして。浮かんだネタは来年かまた別の機会に使うことにして、ここは素直に 「さよならの向こう側」 の司サイドの続きを書くことにしました。 で、まずは読み返しの作業から。えぇ、忘れてる部分も多いのでね(笑) 流れはしっかり覚えてるんですが、細かい演出とかは忘れちゃうんですよね~。 ということで読み返しをしていざ執筆開始。本編よりあまり長くなりすぎないようにしないとな~と思いつつ、なんとなく10話(超)になってしまいそうな悪寒がひしひしと…。 い、いずれにせよちゃんと終わるように頑張りますっ! 5話の更新は明日です! 皆さんも記憶が曖昧だと思いますので、是非今日のうちに復習しておいてくださいね! そしてながーーーいお休みの間もずーっとポチポチや拍手をし続けてくださってる皆様、本当に本当に有難うございます。そんな皆様の存在があるからこそこうして戻ってきております。 まだまだゆるゆる更新かとは思いますが、懲りずにお付き合いいただけましたら嬉しいです。 では明日の定時にお会いしましょうヾ(*´∀`*)ノ (っていうかこのセリフいつぶり~~??!!笑)
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こっそーり… |_-。)
2016 / 07 / 06 ( Wed ) |ω・`) ジー…
えーとえーと、皆さんご無沙汰しております。 一体どれだけの人が見てくれているのか全く想像もつかないのですが…長いことお休みしてしまってご心配おかけしましたm(__)m 心配や応援のコメントをくださった皆様、有難うございます&すみませんでした。1つ1つきちんと私のところへ届いて力となっております(o^^o) 忙しかったり体調面で不安があったりと色々あったんですが、すみません、これもまだ 「復活しまーす!」 というご挨拶というわけでもなく(汗) とりあえず広告を出したくないなというのがあったので、何かしら更新をしなければ…!と思ったんですね。 で、よく考えればもうすぐ七夕だな~と。ならば七夕にちなんだ短編なんぞをチラッと更新しようかと思ってたんですが・・・ここにきてチビゴンがダウンしてしまいまして。今現在何とも難しい状況となっておりますm(__)mトホホ 書けそうだったら多少日が過ぎても書きたいな~とは思ってますが、お約束はできません。 できる限り頑張りたいとは思ってますが。アマリキタイハシナイデクダサイ… こんな状況ではありますが、このサイトをやめるつもりはありませんのでご安心くださいね^^ 「ほのぼのしたみやともワールドが恋しいです」 と仰ってくださった方もいらっしゃいまして、何とも有難いことだな~と思っております。今浮かんでいる短編(1話完結)をなんとか形にできたらいいなぁ。 まだ今月上旬も色々とやることが詰まってるので見通しは不明ですが… ひとまず私は生きております! また皆様からの元気玉もよろしくお願いします(o^^o)
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